Airiyogalog

ヨガインストラクター兼・育成講師をしているAiriのBlogです。活動エリア:東京,恵比寿,高円寺,立川,昭島

嫌われないように、なんてことが無理なんだよ。

嫌われないように、なんてことが無理なんだよ。

 

だって私たちは成分的に同じであっても違う人。

 

 

 

 

先日、朝からいじめられて自殺してしまった子のニュースを見た。

 

 

 

発端は同調しなかったこと。らしい。

そして、嫌われたくない。

という思いが残されたメモには綴られていたそうです。

 

 

 

 

 

 

私も小中と地元ではいじめられたこともあったし、昨日まで仲良くしていた友達を同調せなという圧力のために無視してしまったこともある。

してしまったこと、今となっては自分に対して恥じる部分です。弱かったなあ、私。

 


だから一方的にいじめを非難する事は出来ないけれど、、、

罪滅ぼしにもならないけれど、ヨガを通して将来自分の周りからそういう可能性を減らしたいと切に願います。

 

 

 

 

 

 

人は物理的に攻撃しなくても、ダメージを受ける。

なんて繊細な生き物なんだろう。

 

さて、嘆き悲しむことはもうこの辺にします。

どんなに嘆いても物事は進められない。

 

 

 

大事なことはこれらと向き合うこと。

 

 

 

そして!

その技術がマットから学べるのがヨガの良いところ!

 


ワタシ的、ヨガをもっと生活に生かせるヨガ哲学3つご紹介。

1.自分を自分で傷つけないこと アヒムサ

2.理解しあうことに執着しない。他人は私と同じ人ではない。それを許す。ヴァイラーギャ

3.自分が心地よくいられる場所を探す、作る。スカとスティラ

 

 


1.自分を自分で傷つけないこと

ヨガ哲学のアヒムサ、と言う言葉があります。(アヒンサーって言ったりもする)

 


非暴力、という意味です。

 

 

 

この非暴力、他人に対してしてはいけないというのは社会通念上もう皆さんにも染み込んでいると思います。

 

ですが自分自身に対して非暴力であれという面では多くの人が苦手としているのではないでしょうか?

 

 

 

例えば、何か失敗をしてしまったとき必要以上に自分を責めていたり。

「なんて私はダメなやつなんだ、生きている価値ないわー、もう本当に自分最低。」

とか、そんな風に思う時、自分に対して言葉の暴力を浴びせまくってボコボコにしている自分自身にお気づきですか?

 

正しくはその起きた出来事に反省し、解決策や予防策を見出したらそれでその事はもう良いのではと思うのです。

 


仕事や、恋愛や、友人関係や、親子関係。

さまざまな場面でそうです。

 

 

 

嘆きすぎては心をすり減らします。(と私は思う)

 

 

 

本当に辛いなら自分自身は一番自分の味方になってやったっていいじゃないですか!

自分自身を一番の頼れる親友のような存在にしてやってもいいじゃないですか!!(鼻息荒め。)

 

 

 

マットの上でいうならば、

『私の身体硬っ』とか

『あの人は凄くて私は全然だめだ』とか

そういう《もし自分の親友に言ったら傷つくかも》という言葉が

ヨガ中に頭の中を巡ったら、あなたがその言葉の主をなだめたらよいと思います。

 

 

 

 


あと!失恋していたり辛い恋愛してる人は音楽とかもそれを助長するようなものは避けるべきと思います。

のちに書きたい私は現代演歌が好きだった、に通ずる。

 

 

 

 

 

 

2.理解しあうことに執着しない。他人は私と同じ人ではない。それを許す。

 

 

ヨガには離欲すること(ヴァイラーギャといいます)のこころで練習しなさい、という言葉があります。

 

ポーズのための練習にせず、ただひたすらにやればいい、ということです。

 

これは多くの例に例えられますが、日常でいうと私の中では

「人間は必ず話せばわかる」

「仲良くしなきゃいけない」

「理解しあうべきだ」

「私が喜ぶことは相手も喜んでいる」

という固定概念を全てに当てはめない。ということになるのでは、と思うのです。

 

 

ある部分で分かり合えても違う人。違う思考。違う心。

 


たとえ夫婦や親友や親子でも違う人です。

 

 

 

理解する、と同じくらい、

理解されないことも許す。

 

 

 

なんでわかってくれないんだ!!と必死になるとき、

自分も誰かの大切な信念をわかってあげられないことを思い出すことにしています。

 

だから分かり合えなくても気にしない。

ただひたすらにその時の私が必要と思うことをしよう、と。 

 

 

例えば私は小型犬が苦手です。

(楽ちゃんというわんちゃんを除いて)

 

 

 

でも小型犬が可愛くて可愛くて全然私の気持ちがわからない人がいます。

 

 

 

お互い『そうなのね。いつか気づいてくれたら嬉しい。』

くらいの心でいてくれて、自分と違うことがわかればもうそれで良いのに

『なんで嫌いなの?!こんな可愛いとこあるよ?!ここは?ここは??』とやられた日には。

 

多分余計に嫌いになる…笑

 

 

小型犬の可愛いところは私の視点で、私のペースで、見つけます。

現に楽ちゃんという可愛い小型犬も見つかりました。笑

 

 

 

ともかく。

【話し合えば分かり合える神話は破綻している】と思っています。

 


『なんであなたも私と一緒じゃないの?!わかりあおうよ!!!』

 

という土台に無理がある時がある前提があれば、

「他人は自分ではないし、自分は他人にはなれないと思えば、ああ、私はこのままでもよい。」

自分を許せるし、他人を許せると思うのです。

 


ネットで炎上!みたいなのを見ても、感じませんか?

 

 

 

なんで全く知らない他人のことをこんなになんやかんや言うのだろう…?と。

 

 

 

身近な人だって同じことかもしれませんよ。

 

 

 

ヨガでいうと、指導者の皆さんは生徒さんが伝えた事が出来なくても、同じペースや流れを守ってくれなくても焦らないこと。

何かに当てはめすぎることに注意を、と思います。

 

生徒さんにこれをしてほしいという欲も持ちすぎない。

 


こんなリスクがあるけど、どうしますか?私はそれはやめたほうがいいと思う。と本人に正しく伝えて選んでもらうべきかな、と。

 

 

 

コミュニケーションは大事。

 

私たちは別の個体だから。

 

 

 

 

3.自分が心地よくいられる場所を探す、作る。

 

 

 

ヨガ哲学にアーサナ(ポーズは)スカ・スティラを保つべきである、という言葉があります。

 


スカとは安定

スティラとは快適

という意味です。

 

 

 

 


ポーズを完成させたいという想いはもちろん凄くいい目標です。

 


でも、完成させることが目的なのでしょうか?

(さっきの離欲ヴァイラーギャにも通づる) 

 

 

なんのためにヨガをしようと思ったのか、奥底までもう一度見返してみましょう。

 (ヨガでなくても何のために今それを頑張ってるんだろうとか)

 

 

本当は心穏やかにいたいとか、

健康で快適な体になりたいとか、

美しいプロポーション(歪みがなく、身体にとって毒となっている不純物が燃えて影響がない、とします。ただ細ければいいではなく。)になりたいとか。

ただ単に楽しいとか。

 

 

 

それって、ポーズが出来ることと必ずしもイコールではないと私は思います。

 

 

それよりも、それに向かう道のりはどうですか?

 

そのポーズや物事に取り組む間の呼吸はどんな状態なのか?

思考はどんな事を考えている?

どんな思い込みに囚われている?

何に執着している?

つま先から頭の先まで意識的に行動していた?

 

 

 

そこにフォーカスするほうが多くの気づきや変化を産むと私は信じています。

 

 

 

というのも、結構日常生活でも同じようなパターンで生活していたりするんです。

 だから自分のことを知りたいなら結果より、過程。

 

 

 


ちなみに、普段からネガティブなワードを自分に向ける人はヨガでもできないことにフォーカスしがちです。

 


負けず嫌いな人は周りを見ては一喜一憂しています。

 


辛い人は手前で、と言われたらそこでやめておこうと選ぶ人は、あと一歩の忍耐が苦手だったりします。

 

 

 

全て私だった部分です。笑

 

 

 

ちょっとずつ『はっ!これは私の癖だわ!』と見つけては、持ち続けるメリットと、手放すメリットの天秤にかけて考えます。

 

 

 

そうすると人生はとてもシンプルになってきました。

 


結果的に

スカとスティラが整ってきているように感じています。

 

 

あと、もう一つ、生活において大事なこと。

 

 

その心地悪さを運んでくる人はあなたにとって大切な人ですか?

 

その人はあなたになにをもたらしてくれる人?

 

あなたの人生を快適で安定してるものにしてくれる人でしょうか?

 

 

答えが即YESと言えないなら、手放していけたらいいね、と思います。

そんな人のために大切な自分の心をすり減らさないで。と。

 

 

身体と心と人生に、安定と快適さを!

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 


終わりに。

 

 

 

マットの練習は日常にもっと生かされるべき、ととても思います。

 


日々自分のクラスではその問いかけをしています。

 

 

 

講座でも教えるというより、問いかけ。

 

 

 

答えのない事が大好きです。

 


答えが無くていい。変わってもいい。でも見つめるべきと思います。

 

 

 

 


そうそう。これを書いていてふと思い出した。

 

 

 

「どの世界にもいじめはある」「ばあちゃんになったってあるのよ」

とうちのおばあちゃんは言います。

 

 

 

 

 


きっと、世の中から細菌とかウイルスとかがいなくならないのと同じなのかと思うのです。

なくすことは難しい。

 

 

 

それによって優しさを学ぶこともあるし、気づきもある。身体でいうと抗体がつくのか、病原菌に負けてしまうときだってもちろんある。

でも、たとえイジメからなにかを学んでも、当の本人は本当につらくて苦しい。

 

 

 

だからこそ、このヨガブームが根付くのであれば、ヨガのポーズ以外の内なる恩恵をもっと届けられたらと願います。

 

しなやかな強さ。ぽきっと折れるのでなく、そんな枝を折ってくるようなことに対しても新しい自分のスタイルにしてしまえるような、しなやかな強さ。

 

 

広げるには自分!頑張っていかな!と思います。

 

 

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中高生に向けてのヨガのクラスとかしたいなあ。

教育関連の方いらっしゃればお話したいですなあ、、、。

 

 

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